あさま山の鎮圧作戦
この事件にこんなに深い意味があったとは知りませんでした。
一度いってみたいなぁ。
包囲のなか、警察側は山荘への送電の停止、騒音や放水、ガス弾を使用した犯人側の疲労を狙った作戦のほか、装甲車を用いた強行偵察を頻繁に行った。また、連合赤軍メンバーの親族を呼び、説得を行った。中には、犯人と思われたがすでに総括リンチ殺人・死体遺棄事件で殺害されていた者の親が、殺害の事実が判明していなかったため、説得を行っていた事が、逮捕後、立て篭もり犯の供述などから明らかになった。母親の説得を聞いていた機動隊員らは涙を流したといわれる。しかし、母親らによる説得は逆効果となり、むしろ犯人を逆上させ、犯人は母親に対し発砲した。そして長期にわたる検討の結果、クレーン車に吊ったモンケーン(クレーン車に取り付けた鉄球)で山荘の壁と屋根を破壊し、正面と上から突入して制圧する作戦が立案された。
ちなみに、後述する『連合赤軍「あさま山荘」事件』上での佐々淳行の著述によると、当時テレビの前の視聴者の度肝を抜いた鉄球作戦は、実は東大安田講堂事件の時、全共闘による建物上部からの抵抗から機動隊員を守り、かつ速やかに占拠された建物への突破口・進入路を安全に確保する為に、安田講堂の正面入口を建物解体用のモンケーンで一気に破壊しようとした、当時警視庁警備第一課長として現場指揮担当であった佐々自身のアイディアから、後に浅間山荘で実施された経緯があるのだという。
なお、佐々によれば、東大安田講堂で彼はモンケーンを使用した正面突破作戦計画を、上司に作戦実施前日に意見具申していた。しかし秦野章警視総監(当時)から却下された。理由として、佐々によれば、安田講堂は東京都指定の登録文化財第1号であり安田財閥の創始者・安田善次郎からの寄付でもあるとして、警察内での過激派を自負する秦野でも政治的な配慮があったのかと思われる。
しかし、軽井沢の浅間山荘では、所有者の河合楽器から破壊の許可を取り付け、建物の設計図などの情報を提供されていたので、作戦実施が決定された。警察では情報収集の分析の結果、3階に犯人グループ、2階に人質が監禁されていると判断し作戦を立案した。
そこで破壊目標は山荘3階と2階を結ぶ階段とし、犯人達が人質のいる2階へ降りられなくする為に、まず階段のみを限定的に破壊した。鉄球の威力が強すぎると、山荘自体が破壊され崖の下へ転落する恐れがあった為、緻密に計算された攻撃であったと後に佐々が著書で語っている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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